予測的注意力(predictive attention)」は、近年の認知科学や神経科学で議論されている 「脳が先に予測し、その予測に基づいて注意を配分する」 という考え方です。
1.基本的な考え方
従来の注意の研究では、
・刺激駆動的注意(bottom-up attention):外部からの強い刺激(大きな音や明るい光)に注意が引きつけられる。
・目標駆動的注意(top-down attention):自分の目的に応じて意識的に注意を向ける。
といった分類が中心でした。
しかし近年の「予測的注意力」研究では、脳は「これから起こりそうなこと」を内部モデルで予測し、その予測に基づいてどこに注意を割くかを決める
とされます。つまり「注意は単に外から来た刺激や意識的な操作だけでなく、脳の予測プロセスに強く依存する」ということです。
2.背景理論:予測符号化(Predictive Coding)
この考え方は 予測符号化理論(Predictive Coding) や 自由エネルギー原理(Friston, 2005) に基づいています。
・Karl Friston(神経科学者, UCL)が中心的な提唱者。
・脳は「感覚入力を受けて処理する」だけでなく、「先に予測を作り、実際の入力との差(予測誤差)を処理する」機械だとする。
・注意は、この予測誤差を効率的に減らすように働く。
3.提唱・発展に関わった研究者
・Karl Friston(自由エネルギー原理、予測符号化)
・Andy Clark(哲学者、心の哲学・認知科学。「Surfing Uncertainty」などで予測処理と注意を統合的に論じる)
・Michael Corbetta, Gordon Shulman(注意ネットワーク研究。予測的要素を含めて解釈されるようになっている)
4.具体的な事例
(1) スポーツ
サッカー選手が相手の体の向きや動作から「次はどこにパスが来るか」を予測し、その方向に注意を先回りして向ける。
→ 実際にボールが来た時、反応が速い。
(2) 言語理解
会話中、文脈から「次に来る言葉」を脳が予測しており、その予測に注意が集中している。
→ 実際に異なる言葉が来ると一瞬「ん?」となる。
(3) 音楽
メロディの進行を脳が予測し、その予測に基づいて注意を向ける。予想外の音が入ると強く注意が引かれる。
5.心理学・臨床との関係
発達障害(自閉スペクトラム症など)では「予測の仕組み」が異なるとされ、注意の向け方にも影響している可能性が議論されている。
不安障害やPTSDでは「脅威が来る」という予測が過剰に働き、注意が常に過敏化するケースもある。
まとめ
予測的注意力とは:脳は未来を予測し、その予測に基づいて注意を配分する。
Karl Fristonらの「予測符号化」理論が基盤。
スポーツ、言語、音楽などで実生活に深く関与。
認知科学・臨床心理学の両方で重要な概念になりつつある。
従来の注意モデルと「予測的注意」の違いを図で整理してみます。
1.従来の注意モデル(Posnerの注意ネットワーク)
Michael Posner(1980年代以降)が提案した代表的なモデル。
注意は大きく3つの機能に分けられる:
[警戒ネットワーク]
└─ 注意の準備・覚醒水準を上げる。
[定位ネットワーク]
└─ どこに注意を向けるか(空間的・感覚的な位置づけ)
[実行ネットワーク]
└─ 選択的に注意を集中し、不要な情報を抑制する。
このモデルは「刺激が来てからどう注意を動かすか」が中心。
いわば 受け身的・反応的な注意 のイメージ。
2.予測的注意の考え方
予測的注意では、
[脳の内部モデル]
└─ 過去の経験や文脈から未来を予測する。
[予測に基づく注意配分]
└─ どの情報が来そうかを先取りして注意を向ける。
[予測誤差の処理]
└─ 予測と実際の入力の差分に強く反応する。
つまり、「注意」=「予測に基づく期待の配置」 という考え。
外界の刺激に反応するだけでなく、未来を想定して能動的に準備する点が特徴。
3.両者の比較(イメージ図)
従来モデル(Posner型): 刺激が来る → 注意を向ける → 処理する
予測的注意モデル: 予測する → 注意を先に置く → 刺激を確認する
例:サッカーの場合
従来モデル → ボールが飛んできたら目を向ける
予測的注意 → 相手の動作から「ここに来る」と予想して先に注意を置く
この2つは排他的ではなく、実際の脳では両方が働いていると考えられています。