人権デューデリジェンス


人権デューデリジェンス(Human Rights Due Diligence, HRDD)は、企業が自社の事業活動やサプライチェーンにおいて人権侵害のリスクを特定・防止・軽減・是正するための継続的なプロセスを指します。
これは単なる「法令遵守」ではなく、「企業が社会的責任を果たすための中核的な行動指針」として国際的に位置づけられています。


1. 背景と国際的な枠組み
人権デューデリジェンスの基本的な考え方は以下の国際的文書に基づいています。
国連「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs, 2011)」
→ 「国家の保護義務」「企業の尊重責任」「被害者の救済アクセス」という3本柱。
→ 企業には「人権を尊重する責任」があり、そのためにHRDDを行うことが求められます。
OECD多国籍企業行動指針
→ サプライチェーン全体における人権・労働・環境・腐敗防止などの責任を明記。
ILO(国際労働機関)の基本的原則・権利
→ 結社の自由、強制労働の禁止、児童労働の廃止、差別撤廃など。
欧州連合(EU)企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)(2024年成立)
→ 一部の大企業には、法的に人権デューデリジェンスの実施と報告が義務付けられます。


2. 企業が行うべき基本プロセス(4ステップ)
国連指導原則で示されるプロセスは、次の4段階です。
①人権方針の策定(Policy Commitment)
「自社は人権を尊重する」というトップレベルでの方針表明を行う。
例:人権方針、人権ポリシー、人権憲章などを策定。
UNGPやILOの基準を参照し、社内外に公開。
②リスクの特定・評価(Identify & Assess Risks)
自社やサプライチェーン全体で、人権侵害が発生しうるリスクを特定。
主なリスク例:
強制労働・児童労働
過酷な労働環境・長時間労働
差別・ハラスメント
土地収奪(開発時の地域住民の権利侵害)
サプライヤーでの安全衛生・低賃金問題
リスクの深刻度と発生可能性を分析・優先順位付けします。
③対応と改善(Integrate & Act)
特定されたリスクに対して是正・防止のための措置を講じる。
例:取引先への行動規範(サプライヤー・コード)の提示
改善要求、監査、研修の実施
深刻なケースでは取引停止なども検討
社内では、購買部門・人事部門・経営層などが連携して取り組む必要があります。
④モニタリングと情報開示(Track & Communicate)
実施状況を継続的にモニタリングし、外部へ透明性をもって報告する。
例:統合報告書(サステナビリティレポート)やウェブサイトで開示
KPIや具体的な改善事例を掲載
苦情処理メカニズム(グリーバンス・メカニズム)を整備し、被害を受けた人が声を上げられる仕組みを用意。


3. 実務対応の具体例
対応領域 実務対応例
方針策定 人権方針を取締役会で承認、社内外に公開
リスク分析 サプライチェーンマッピング、リスク国の特定
契約・調達管理 サプライヤーコード遵守誓約、CSR調達アンケート
教育・研修 管理職・購買担当者への人権研修実施
苦情処理制度 通報窓口(匿名含む)設置、是正プロセス明文化
報告・開示 サステナビリティ報告書、ESG報告、Web開示


4. 日本企業における動向
経済産業省は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年)を発表。
多くの大手企業がこのガイドラインに基づき人権デューデリジェンスを導入中。
中小企業にも取引先を通じて実質的な要請が増加(例:トヨタ、ユニクロ、花王など)。


5. 企業が意識すべきポイント
形式よりも実質的なリスク対応が重要(書類だけでなく、現場把握)
サプライヤー任せにしない(共同改善・教育)
継続的プロセスである(「一度やって終わり」ではない)
経営層のコミットメントと現場浸透の両立が鍵
透明性と説明責任(アカウンタビリティ)を重視すること。