「差別(discrimination)」という言葉は、社会学・法学・哲学・人権論などの分野で多様に定義されており、学者や国際機関によって微妙にニュアンスが異なります。以下では、主な定義を分野別・提唱者別に整理してご紹介します。
🏛️ 1. 国際機関・法的枠組みによる定義■ 国際連合(UN)
定義(一般)
「人種、性別、言語、宗教、政治的意見、国籍、社会的出自などに基づき、人を不当または不利益に扱うこと。」
出典:
- 国連憲章(1945年)
- 「世界人権宣言」(1948年)第2条
- 「市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)」第26条
- 「経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約(ICESCR)」第2条
特徴:
- 「不当(unjustified)」または「不利益(disadvantage)」な取扱いを基準にする。
- 差別は「結果」だけでなく「目的」や「意図」にも注目。
■ 国際労働機関(ILO)
定義:ILO第111号条約(1958年)
「差別」とは、
人種、皮膚の色、性別、宗教、政治的意見、出身国または社会的出自に基づくあらゆる区別、排除、または優先であり、雇用または職業における機会や待遇を無効にし、または損なう効果を有するもの。
特徴:
- 「効果(effect)」を重視(意図がなくても差別になりうる)。
- 労働分野の文脈で「差別=機会の喪失」と定義。
■ 欧州連合(EU)
定義(EU差別禁止指令、2000年)
「差別とは、特定の属性(人種、宗教、障害、年齢、性的指向など)に基づいて、人を他者より不利に扱うこと。」
特徴:
- 「直接差別(direct discrimination)」と「間接差別(indirect discrimination)」を明確に区別。
- 「合理的な正当化」がなければ差別と認定。
🎓 2. 学者・理論による定義
■ ジョン・ロールズ(John Rawls)
出典:『正義論(A Theory of Justice)』(1971年)
「差別とは、社会制度が、正義の原理に基づかず、恣意的な違いに基づいて人々に異なる待遇を与えること。」
特徴:
- 「差別=正義の欠如」
- 「道徳的に無関係な属性(性別・人種など)」による区別は正義に反する。
■ アマルティア・セン(Amartya Sen)
出典:『不平等の再検討』(Inequality Reexamined, 1992)
「差別とは、ある集団が社会的機能を果たすための『能力(capability)』を不当に奪われている状態。」
特徴:
- 単なる「扱いの違い」ではなく、「自由や機会を奪う構造的不平等」として差別を捉える。
- 開発・人権政策論に強い影響。
■ 南野佳代(日本の社会学者)
出典:『差別の社会学』(2007年)
「差別とは、社会的カテゴリーに基づいて個人を格付けし、資源・機会・尊厳を不平等に配分する社会的実践。」
特徴:
- 差別は「意識」ではなく「社会構造」に組み込まれている。
- 「無意識の差別(アンコンシャス・バイアス)」を重視。
■ 佐藤成基(法哲学者)
出典:『差別とは何か』(岩波新書、2022年)
「差別とは、ある属性をもとにして他者を不当に扱い、その人の尊厳を侵害する行為・制度・言説の総体。」
特徴:
- 差別=「尊厳侵害」と明確に位置づけ。
- 法的側面と倫理的側面を統合的に考察。
🧭 3. 現代の社会科学で一般的な整理
| 類型 | 定義・意味 | 例 |
|---|---|---|
| 直接差別 | 特定の属性を理由に不利益な扱いをすること | 「女性だから採用しない」 |
| 間接差別 | 一見中立な規則が特定の集団に不利に作用 | 「身長170cm以上の人のみ採用」 |
| 構造的差別 | 社会制度や慣行に内在する不平等 | 「正社員になりにくい非正規女性の構造」 |
| 象徴的差別 | 言葉や表現を通じた価値づけ・排除 | メディア表現・ジョーク・固定観念 |
| 無意識の差別 | 個人の無自覚な偏見・ステレオタイプ | 採用時に特定属性の応募者を低く評価 |
💬 まとめ
共通点としての差別の定義
「差別とは、社会的に意味づけられた属性(性別・人種・国籍・障害など)を理由に、人々を不当に区別し、機会・権利・尊厳を不平等に扱うこと。」
つまり——
- 差別=「区別+不当性」
- 「不当」とは、合理的な理由のない、社会的・倫理的に容認されない違い。
